日本音楽療法学会
第7号 日本音楽療法学会ニュース
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『音楽は効く』
幼児体験を通して、私は常に音楽に癒されてきました。
特に最も多感で病弱だった思春期に、ラジオで聴いた米軍放送のアメリカン・ポップスは、もしかしたら病院で貰う薬よりも確実に、私の心身に働きかけてくれたように思います。
『音楽は良く効く!』というのが、まさに私自身の体感であり、体験でした。
ですから、1966年6月、ビートルズが来日して東京武道館で公演をした3日間、『エレキは不良の音楽』 『ビートルズのコンサートに行った者は退学』という学校も多数あり、毎日のように私の目の前で先生や警官に補導され、 泣きながら連れ戻されていく少女たちを見ながら、これは絶対に違う……と、大人たちを説得する糸口を探していた ように思います。そう、今なら同質の原理を始めとして、様々にレクチャー出来るでしょうに。
評議員 湯川れい子 写真
評議員
湯川れい子

それから2年後のサンフランシスコで、初めて『ミュージック・セラピー』という言葉を耳にして、 70年代初め頃には、音楽療法をやっているというロスアンゼルス郊外のアメリカ人女性の家を訪ねたり、ドラム・ サークルに参加したりもしたのですが、今から考えると、あれはちょっとヒッピーに毛が生えたような、かなりニュー・ エイジ的な類の物だったのではないでしょうか。
またその頃に、今では茶色に変色してしまった櫻林仁・貫行子両先生共訳の『音楽療法』(音楽の友社)を見つけて読んでいたこともあって、1992年頃からは自分が名誉校長を務めている音楽の専門学校で、貫先生のお力をお借りしながら、 音楽療法のためのコースなどを立ち上げたのでしたが、様々な面で早すぎもし、また私の力不足もあって、6〜7年で撤退を余儀なくされています。
そんな経験を通して言える事は、音楽に対するデリケートな感性が欠落したセラピーは、いかに技術的な力はあっても、それが音楽と いう目には見えない領域に働きかけるものであるだけに、時としては暴力的な苦痛さえ伴いかねないこと。また逆に、音楽的な感性や デリカシーは充分でも、医学的な知識とか配慮の点でプロと言えなければ、これまたクライアントに有形無形の損失を与えてしまい かねないという事です。
音楽療法は、まさに副作用の無い良薬であり、人間的にも社会的にも歓びをもたらす素晴らしい代替医療です。私も音楽業界に身を置 く者として、これからも微力ながら、少しでも音楽療法のために、お役に立てればと思っています。


プロフィール
東京都目黒で生まれ、山形県米沢で育つ。
昭和35年、ジャズ専門誌『スウィング・ジャーナル』へ投稿。認められて、ジャズの評論家としてデビュー。その後ラジオのDJ、 ポップスの評論・解説を手がけ、現在に至る。
多数の音楽雑誌にレギュラー頁を持つ他、安達裕実、アン・ルイス、杏里、稲垣潤一、大月みやこ、尾崎紀世彦、加山雄三、川中美幸、 小泉今日子、小林明子、小柳ルミ子、榊原郁恵、鈴木聖美、鳥羽一郎、TUBE、中西圭三、中森明菜、中山美穂、長山洋子、西田ひかる、早見優、 藤井フミヤ、布施明、松本伊代、八代亜紀、山下久美子、RATS & STAR (シャネルズ)、和田アキ子などのヒット曲の作詞も手がける。 最近では、4月よりNHK から放送される手塚治虫アニメ『火の鳥』のエンディング・テーマを歌う中島美嘉の曲を作詞。
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